昭和52年03月01日 石井家霊祭



 皆さんおかげ頂きました。もう今朝今日の霊祭の事を思うたんびに、私の所でおいさみがつく。本当にあの御霊の喜びにさる事ながら、神様のお喜びこうやって皆が、あの遺族の者が揃うて、しかもそれぞれに信心を頂いておると言う事が、神様のお喜びとも思うけれども本当にその、縁というものほど不思議な者はない。私が今日の御霊いわゆる、田代のお父さんの御霊、私が北京時代に一番初めにあの知った方でした。
 私の方が十二条ほうとんという所から、こう入った所があってから、あちらへ北京に行きましてから一番初めに、もう入って来た所いに「むつや」の看板が出とるとですもんね。「むつや」ちゃあ、田主丸にあったがと思うて通っとんたんですけれども、後から考えたら、田主丸の「むつや」だというので、それから金光様の御信心を頂いとると言う事で。特にこのあのまあ親しくさしてもろうて、それから北京からこうわの方へ移られてからは、とりわけもう私の方がお父さんが北京の方へしってしてみると。
 私の方が隣りのほうでしたから。ほんとにこちらへ帰られてからでも、私椛目時代に何回も私のほうへ着て頂いて、「私がグルグルしとるけど、大坪さんどげんしとるか。」と言うて、見えて来て下さるような深い縁に。それから私がおかげを頂いて、段々椛目で人が助かるようになってから、あの田代のお母さんも、石井のお母さんもあのように熱心に、ほんとにこの合楽の基礎を築いたと、言われるくらいな打ち込み方で、一生懸命信心をなさいましたが。
 ほんとにこの縁というものがね、ただは母達が親達が信心をしておった、昔はと言った様なものでなくて、その親達の信心を、皆さんが受けて縋りてそして繁盛のおかげを頂かれる。私今日一番有り難いと思った事は、出た途端あの大きな鰤が、二匹お供えがありますね、あの鰤と鰤を鯛ではなくて鰤と鰤をこうやって、あのそれこそ御心眼に頂いたんですよ、これはやっぱしブリブリと言う事じゃろうと私は思いました。
 これはもう神様の思いというのは、どこまで深いか分からんと。私は先月でした、若先生と話したことでしたけれども、今度十年を致しますから、まあ総代さん方がまあ今度いちおう代わります。それで次の総代のまあ誰々にさせて頂いたらよいか、というお願いをさせて頂きよりましたが、一番先に陽子さんでしたよ私が頂いたのは。まあだその時には、ああたが長く疎遠になってね、合楽がその特別な、いろんな関係で疎遠になっておりながら、参ってもこん者に対して、そればってんが若先生と話したばい。
 ほんとに親の祈りというもんじゃろうかな、あの久保山陽子がね今度の婦人総代という事を一番ぐちで頂いた。これはまぁああたが受けるか、これから分からんけれど、神様の思いというものはそんなに深いし、親の祈りがそこに懸けられておった。例えばならあの清子のお母さんなんかは、もう信司があの総代のお取立てを頂く様にと言う事を、まあだ小学校の時からお願いがしてあった。恐らくまあ信司さんが総代になる頃には、まあだこの次の次、二十年祭くらいな事じゃなかろうかと思うんですけれどもね。
 親のそういう祈りを受けると言う事がね。昨日私は、大阪の泉尾教会の親先生のお話をテープに入れたのを学院生が送ってまいりました。それから泉尾からお手紙を頂いたのとちょうど一緒になりましてね、で昨日竹葉会でしたから、あのまあ半ば四十五分からあるというから、半ばまで聞かせて頂いたのですけれども、その開口一番に仰っておられることがね、それこそ日本一の今御比礼を頂いておられる教会の、しかもまあ教団でももう元老であんなさいますがね。
 その先生が言っておられる事は、あの親の痛みを分かる事が、親の心のいうなら痛みが分かる事だと。信心とは親の心が分かる事だと、親の心が分かれば親孝行せずにおられない。神様の思いが分かれば、真の信心にならにゃおられない。親からは何か貰うことだけのように思うとる。親には世話を焼かせることだけが、親のように思えたりこれでは、そういう信心の間は、だから真の信心と言う事ではない。
 信心のいわば入口だと言う事です。ほんとに親が痛いほどに思うておる事に触れた時に、とても親不孝は出来ません。そりゃもうまあそれこそ、あられもないことを考えて、親が喜ぶように。例えば親が背中がかゆかと言うならば、背中をかいてやらなければ親孝行じゃないです。親が背中がかゆかと言うとに、胸の方どんかいてやったちゃ、かいってはがゆい思いをさせる様な事じゃなかろうかと、私は思います。
 今日神様に、お礼お届けをさせて頂いておりましたら、この私が使う御大祭の時に使う水引、特別縫ってあるんです、こんな私の独特の水引と、お初穂入れる袋とその袋からこの水引をこう、抜いだところを頂くんです。だからこの水引は、何遍でも何遍でも使われるわけです。同じ方に折さえすればね。私はねあの今日、例えば遺族の方達が分からなければならない事は、親が徳を残しておるというてもね、それは決して露出しとるというものじゃないと言う事。
 例えばその水引のその型に私共が折った時に、その親が残した水引がまた、使うことが出来る。その水引といことが素晴らしいことだと。水引と言う事は水を引くと言う事です。今日も久留米から、古賀病院のお母さんが参ってきて、あるお願いをなさいました。勿論子供さんの事でしたけどね。そしたらね比礼伏す心言う事を頂いた。比礼の比と礼という字と伏すの伏す。水はね高い所からも低い所へ低い所へと流れてくるものだと。だから水と言う事は、お恵みと言う事おかげと言う事。
 おかげというものは低い所へ低い所へと流れてくるものだと。だからいわゆるいつもひれ伏す心というものがね、自分自身が分からなければひれ伏せられない。神様の御神徳、御恩徳が分からなければひれ伏す事は出来ない。御恩徳が分かれば分かる毎恐れ入ってしまわねばおれない。自分というものが分かれば分かるほどへりくだる心というものは、いよいよ出来てくる。
 だから水引と言う事はね、私は水を引くという意味だと思ったんです。だからそのこのここに水を引くためには、どうでも私共が低い姿勢というか、いよいよ自分自身が分かると言う事と、神様のいうならば、私共の周辺に、満ち満ち溢れに溢れておられる神様の御神徳を感得する事、感じすることだと。私共の有り難い有り難いと言いよるけれども、自分達の有り難いというのが、ほんとにあの他愛のない有り難さだなと。私は有り難いと思います、と言うとっても。
 小さい例ですけれども、先日からどうも身がコロコロしてからいかん、文男先生が私が薬というたら、使わんと持ってから、その買うてきてるわけです。これは「人間の涙と同じに作ってある、先生これは薬じゃありませんから、どうぞさして下さい。」というわけです。「なら、さそうか」と言うて、二日間さしたらよけいコロコロするごとなって、かえって悪うなったんです。こりゃいかんばいと思うて、洗面器に水汲んで、二、三日頂きましたが。
 そしてほんとに私も大抵、人語に落ちない有り難さを持って、それこそひとすくいの水でも押し頂こうとおもっておったけれども、洗面器の中に顔を浸けさせて頂いて、ほんとに、お水の有り難さというものを、あの程度にしか分かってなかったという事。しみじみ、そのお水の有り難さを私、感じさせて頂いたら、もうその夕方からおかげでスキッとして、そのようなおかげを頂いて。
 有り難いと思うとりますというその、有り難い「もう親ちゃ有り難いもんですばい」というです誰でも。けれどもその有り難いと思うておるその思う度合が、段々深くなって広くなってゆく、私は手立てというかそういう道を教えるのが信心だと思うですね。信心のいうならば有り難さというものは、もう限りがない限りがない有り難さに触れていって、なら限りのないおかげに触れていかなきゃいけない。
 今日はね御神前で頂くのが、昔あなた達は知らんでしょうね、田舎の井戸にね、こんなのがあったでしょう、こううするのが。知っとうねああただん。あのねこう石がかかっとる重石がかかっとる。ここにこうくくり付けてあるんです、でここにこつるべが、こうさがってるわけたいね。だから何の為にこげな重か石ばここに置かなんじゃろうかと言うごたるけれどもね。あれを下げる時には、少し手応えがあるとじゃないけれども、水を汲んで上げる時には、楽でしょうが。
 そういう手立てがいうならば「むつや」というか、石井とか田代の間にはもう出来とると言う事です。だからこんなに見易うその気になればおかげが受けられると言う事だと。ですから私は泉尾の先生じゃないけれども、親のいうならば痛みを親の心の痛みを知ると言う事。氏子信心しておかげをうけてくれよと、神様が手をつかんばかりに言うてござる様に、いうならば親も信心しておかげを受けてくれよと言っておるんです。
 親がね子供に向かって、親孝行せろ親孝行せろとは言えんでしょうが、思うとってもね。親孝行してくれるという、親の思いに添うてくれると言う事は思うけども、親孝行しなさい、親孝行しなさいては言わんでしょうが、神様も同じこと。天地の親神様の心を知ってる、神様が大事にしてくれてとは仰ってない。けれどもそこは子供が分からなければならない分野であり、いうならば人間氏子が分からせて頂いて、親の思いに添い奉る生き方、親の心に添い奉る生き方。
 そこから私は親子の交流があり、天地との交流が頂けれる、そこから、おかげの頂けれる信心。もう不思議な不思議な縁で、なら合楽というか「むつや」というかね、石井、田代今はなら、久保山またはね、石井と言う様にね、それぞれに流れてとるけれども、やはり同じなら「むつや」と言ったが一番いいんだけれども、「むつや」につながるもつ関係をもつ人達が、なら「むつや」のまあ、おかげを受けられた時代に縁を頂いて、その縁がいよいよ縁がいよいよ、縁がいよいよ味なものに育っていって。
 ほんとに親が残しておってくれた信心によって、家庭がこのように繁盛しておる、このようにおかげを頂いておるという、おかげを受けて初めて親の安心もありゃ、神様のお喜びもあると思うんです。今日は私はいろいろまあ、頂いたこともありますけれども、あんまり難しいことばっかりですから。けれどもねあの神様の願いとか、神様の思いというものを分かると言う事まずね。そして思いに添う時に、そこからひとつのルートが開けてくる。天地とのいうならば街道ね。
 たからもうただいくら親が徳を残しておっても、ならそれがそのまま、頂けれるものではない。徳があるならば、その徳を頂こうと精進する、私は心があって初めて、いうならば、さっきの「つるべ」の、そうじゃないけれども、普通ならもうどっからか汲んでこにゃんか分からん、井戸もあるしかもそれにはもう、簡単に汲めるような石までここに重しが付いておる。
 と言う所までいっとるんですから、各々が汲み上げれることも、それから水引ですよね水を引く事の、いうならば手立ても、今日は教えて頂いた様な気がするんです。とにかく、自分を低うしていくこと、同時に神様の心が分からせて頂けば頂く程、恐れ多い、勿体無いという心がいよいよ募ってくる。そういう恐れ多いとか、勿体無いとか、いうなら、ひれ伏す心におかげがあるというのですから、いよいよおかげを頂かしてもらわなならんと思うですね。
   どうぞ。